原稿を通しで読ませてもらって、つくづく温泉というものを知らなかったなって痛感しましたよ。もちろんぼくだっていろんな温泉には行っているんだけど、それが湯に入ることが目的というより、あとの酒宴だったり、また別のことだったり。(笑)
しみじみ「湯味」を楽しんだり、浴舎の風情に見入ったりというのはなかった。
 それも大事な要素でしょ。
 ぼくは魔がさして野球場をつくるハメになって野球場の見方がかわった。それまでは選手がグラウンドでプレイすることがすべてみたいなところがあったけど、じつはそのプレイに球場のあり方が大きくかかわっている。そんなことに気づいて全国の野球場を見てまわろうとおもいついたんだけど、温泉に行っていながら温泉を見ていなかったというのかな。
 とりあえず、ひとりの読者には影響を与えたわけね。それはよかった。(笑)
 こんど、どこどこの温泉に行きます。行ってお風呂に入りました。で、酒飲んでめし食って、なにして寝ました。温泉の巡礼者を前に失礼だけど、温泉は刺身のツマみたいなところがあった。堅苦しいことじゃなくて、温泉ってこういうもんなんだ、っていうツカミができた。どこの温泉に行くのかというところから、もっと意識的に温泉に向かってみるべきだとね。
 「温泉道」に入門したってところですか。
 秋保さんのような動きは、ある意味では異端なんだろうけど(笑)、ひとが「ああいい湯だな」って入っているところを横目にして、わざわざ隣の見捨てられた湯のようなところに入ったり、奥へ奥へ行ったり。
ガイド誌なんかで紹介されていても、平べったい写真と簡単なデータだけだから、ピンとこないけど、読み物として提示されてはじめて温泉としてたちあがった、というか湯煙りの情景が見えた。
 ぼくも今まで行っているところにもう一度行けば、またちがう見方ができるかもしれない。でもそんな詳細を見るために行ってるんじやなくて、湯に入っていい気持ちになりたいっていう、シンプルな動機なんだね。ぼくにとって効能なんかも二の次。気分を変える、日常から非日常に旅するっていうね。
 そういう意味では一番印象的だったのは、満願寺温泉でしたっけ、川底の湯。あれって非日常の空間に出かけて行って、日常と隣り合わせの湯に入っている。
ご婦人たちが洗濯するところで、肘にアゴをのせてのんびり入浴してるんだから笑えた。(笑) あの写真を見たとき、逆に日常と非日常の時間のズレを強く感じましたね。
 あのとき、じつはもうひとつ勇気がなくてね。朝靄の中で洗濯している若奥さんのところにいって、「すみません」って断って入ればよかったなって。
 それはあってもよかったでしょうけど、若奥さんが洗濯している隣でお猿のボスみたいなのが湯につかってたら、写真としてはエグいんじゃないかな。(笑)
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 だけどあれはね、すごい心残りなの。洗い物をしてる横でさ、いっしょにというか、世間話でもしながらさ。
でもそうなったら、そそくさと逃げちゃってただろうね。
 九州の女性だったら、それはないでしょ。だけどあの写真はよかった、あの距離感は。
 あそこはぼくも思い出に残ってますね。あの川湯はなんの区別も差別もないから、「お湯の前に人間は平等である」なんだよね。
 たしかに、はだかになっちゃえばみんな平等だ。
 だけど、あの河原の湯に時々OLたちが入るらしいよ。けっしてひとりじゃないけどね、3人くらいだと連中、強気だから。で、きゃっ、きゃっ、やってるみたい。
 その、きゃっ、きゃっ連中と何回かソウグウしたことはあるんでしょ。
 なかなか混浴というのはむずかしいですよ。
 原稿にもあったけど、混浴が人気になると女性に気兼ねして混浴ができなくなっちゃう。江戸時代なんて混浴どころか、男と女がいっしょに入るのなんて当たり前だったんでしょ。日本人は、おおらかな民族だったけど、その美風がどんどん失われている。
 大分の「天ヶ瀬温泉」では久珠川にそっていくつもの露天風呂があって、夜に裸電球ひとつの暗い中で入ってたら、地元の女性たちが何人か入ってきた。「こんばんは」とか「どっから来た?」とかいってね。ああやって声をかわして入るのっていいんだよね。だけど、たしなみとか、羞恥心を持ってるひとだとさ、なかなか入ってくれないわけですよ。
 満願寺温泉は九州だけど、北海道はどこにいっても、川湯みたいなところがあるらしいですね。
 あるね。だけど北海道で山奥の露天に行くのはこわいですよ。ヒグマちゃんがいるから。
 原稿によると、鈴を鳴らしながら行かなきゃならない。(笑)
 前はクマとかスズメバチなんて意識になかったわけ。それがクマが出たとかスズメバチに刺されて死んだとか被害をテレビなんかがやるもんだから、恐怖感がうえつけられちゃった。
宮城県の鳴子温泉に行ったときだったかな、スズメバチの話を聞いてさ。板前さんが仕事をおえて家に帰ってドアに手をかけたら、そこに一匹いたんですって、スズメバチが。で、刺されて死んじゃった。そういう話をよく聞くんですよ。場所によっては血清なんかを用意しているらしいけど、山の中でやられたら血清もなにもないしね。
 宮島の弥山なんかでも、たいした山じゃないけど、獣道でシカに出くわせば背筋が凍るし、サルの群に威嚇されたらびびりますよ。野性ってすごい。
 栃木県の奥鬼怒温泉郷っていうとこに、「加仁湯」とか「八丁の湯」とか、いい湯があるんですよ。そこへはハイキング道みたいなのがあるんだけど、かならずふたつくらいサルの群れに逢う。そんなとき「目を合わせるな」っていいますね。目をあわせると、やばいみたいですよ。ボスなんかにそれをやると…。
 こいつ、ガンつけやがって。(笑)
 スズメバチなんかは、地元の連中だと巣がどこにあるか知ってるからいいんだけど、ぼくらはわかんないからあぶない。2匹も3匹も出てきたら、もうそれ以上進まない方が無難だね。
自然のなかで亡くなっているひとって結構いるわけですけど、スズメバチに刺されてというひとが、たぶん一番多いとおもいますよ。あとマムシもあるけど。
 マムシなら、こっちも死ぬかもしれないと警戒してるけど。
 スズメバチで死ぬなんて、こどものころも、おとなになってからも知りませんでしたよ。
 つい最近ですよね。ハチに刺されて死ぬっていう事実を知らされたのは。
 人間と野性がめちゃくちゃ近くなってるからね。
 獣と接点のあったひと、たとえば猟師とか木こりとか、かれらは接し方を知っているわけじゃないですか、代々語り継がれてきた智慧というか。
いまはそんな智慧のないわれわれが、いやおうなく獣と対峙させられる。そして、こっちも知らなきゃ、むこうも対応を知らない。(笑)
 お互いにどう接していいかわからない。(笑)
 うろたえているうちに、トラブルになっちゃう。
 はじめてキャバクラに行って、彼女とどう接していいかわからなくて舞い上がっているうちに…。
 どんどん料金が加算されて、身ぐるみはがされて…。(笑)
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# by bunkosha-onsen | 2009-03-05 16:40 | 温・球・巡礼対談
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「秘湯巡礼」の“近日中に発行できるかもしれない記念”として、「温・球・巡礼対談」を何回かにわけて掲載します。
「秘湯巡礼」の著者・秋保洋征氏と温泉を熱く、というよりヌルく語るのは、「球場巡礼」の著者・堀治喜。
とりあえず“巡礼モノ”をものしたふたりが、「ひとはなぜ巡礼するのか」という人類史の謎のまわりで右往左往しながら、とりとめもなく語りあった一夕。
まずは清めの湯がわりの第1回は、「温泉にDNAはあるか?」てなところで。    (2009.02.12 被爆者養護施設「神田山荘」にて)


堀 治喜(以下・球) ある新聞社の記者として、いつごろから温泉には行ってるんですか?
秋保洋征(以下・温) スポーツ紙だから、当然旅ものってあるわけですよ。だから、とくに温泉というわけじゃないんだけど、旅の企画のひとつとして温泉にはずいぶん前から行っているわけね。
ある夏休み企画で、日本にまだこれだけのボンネットバスが走っているっていうのを紹介しようということになって、長野県へ行ったときに小渋温泉を知って取材している。あれが昭和63年、1978年のことだしね。
じぶんがボンネットバスが好きだから、行ってみようということだったんだけど。
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 基本的には、そのスタンス?
 だいたいそうだね。上からこれやってくれって行くと、のらないの。おしつけだとダメね。

そういいながら秋保さんは、食事前のクスリを取り出して飲む。生活習慣病のクスリだ。それでしばらくクスリ談義に脱線していたところに、先刻たのんでおいた「とりあえず生ビール」が運ばれてきた。

 ぷっはー。ひさしぶりに、うまい。
 最近は、あまり飲まない?
 このところビールは、ほとんど飲まないね。からだに良くないから。(たぶん生活習慣病のからだに、という意味だとおもいますサントリーほか、ビールメーカーの各社御中)
いきつけの「夢や」で小さいコップに一杯だけもらうわけ。だけど、なんかうまくないんだよね。コソコソやる感じだからかな。
 こっちも、ひさしぶりにうまい。原稿にやっと目を通し終えたせいですかね。
 大変だったでしょ。
 そうですね。なんといっても秋保さん、何十年の成果だから。だけど読んでいるうちに、だんだん秋保ワールドに入っていっちゃって、変なおじさんになっているじぶんがいた。(笑)
 ぼくよりアキウになっちゃったりしてね。
 それはあるかもしれない。もともと資質が似てるんですかね。
 これでも、まだ抑えて書いたとこあるわけですよ。原稿を書いていて、これ以上やると品をなくしちゃうんじゃないかな、と。
 空手の寸止めじゃないけど、ああここで止めたなってわかりましたよ。いきなりこうくるの?って、スベってるとこもあったけど。(笑)
 本格的に温泉をまかされたのが2000年の暮れでね。ソクバイ面っていうのが、それまで固かったから、温泉やってくれっていわれたの。とにかく一か月、12月の31日間。
その話があったのが10月のおしまいでさ、いきなり11月になって毎日温泉ですよ。31回分、毎日だからね。
ちょっと焦ったんですけど、さっきもいったみたいに以前取材してたとこもあったし、電話で話がとれたとこもあったしね。
 それはオフレコにしときましょう。(笑)
 毎週3泊4日の取材でしょ。当時はパソコンもないから、小さいワープロ。宿に着いて、お風呂に入って、食事して、で、すぐに原稿書いてフロッピーに保存して、つぎのところへ行って。そのくりかえし。なんとかひと月分、乗り切りましたけどね。
 聞いてるだけで、湯当たりしそうだ。
 あのときの取材は、愉しいよりも苦しかったね。
 3泊4日の強行軍で、しかも件数をかせがなきゃなんない。よく乗り切りましたね。
この前もテレビで温泉番組やってて、九州の指宿から北海道の最北端までいくつ温泉に入れるかってやってたけど、鉄道とかバス路線の周辺しか行けないわけじゃないですか。だから、いかにもつまんなそうなところを、もっともらしく紹介してた。
 ぼくも観たけど、あれ、つまんなかったよね。足湯とかさ、そんなのばっかりでね。
 わざわざ録画したんだけど、途中から早送りにして、最後は消しちゃった。(笑)
 さすがのぼくも、観ていて入りたいとおもわなかった。
 秋保さんの場合も、時間を自由に使えたわけでもないでしょ。ある程度の制約のなかだけど、とてつもない奥地とか不便なとこに入ってるじゃないですか。秘湯といってメディアでよく紹介されるけど、もうひとつ奥に行ったり、裏へまわったりしてる。
 全国版でトムソーヤと称して森林浴とか桜とか担当するようになって、かならずそれに温泉も付けてという時期があって、しばらくして温泉だけになった。
 それからですか、いくらか余裕をもってまわれるようになったのは?
 新聞社は取材費を出し惜しむ(笑)から、一か所の取材の場合は原則1泊なのね。だけどかならず2泊するようにしたね。あてにしてた温泉が、ハズレの場合があるわけですよ。そのときは、あらたにもうひとつ行くようにしたり。それに天候もあるでしょ。とくに露天なんかの場合は、いい画が撮れないとだめだから。ふつかあると、なんとかね。
 青春18きっぷで半野宿みたいにまわる球場巡礼とは、えらい違いだ。(笑)
 だけど編集管理からいわせると、なんで同じところに2泊してんの、ってことになるんだよね。
 なんか別のことしてるんじゃないかって?(笑)
 だからさ、巨人担当だって同じところに何泊もしてるじゃないかって弁解してさ。(笑)
 それはキャンプだったり、遠征の取材でしょ。いちいち宿変えてたら、へろへろになっちゃう(笑)
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だけど、仕事以前に温泉には興味があったんでしょ?
 そうだね。
 秋保温泉のアキウという名前、遺伝子に刷り込まれているみたいだから。
 そうそう。なんかね、おやじがね、おふくろのお腹にぼくを入れて戦争に行って死んじゃったからあれだけど、温泉の次男坊でしょ、おやじは。だから生きていたらどうなっていたか。その温泉にかかわっていたかもしれないし、ぜんぜんちがった人生になっただろうね。温泉の取材にかかわるようなことはなかったかも。
 温泉そのもの。当事者になってた?
 小学校のころは新潟県に住んでいたんだけど、近くの赤倉温泉に日赤の保養所があった。おふくろが役所に勤めていたから役所つながりで、よく遊びに行っていたんだけど、そこにノブちゃんていう娘さんがいて、ぼくよりだいぶ年上で18くらいだったかな、その娘に憧れてた。じぶんは小学生でしょ、どうこうするってわけじゃないんだけど好きだったね。温泉というと、そのノブちゃんを思い出すんだね。
 せつない思い出。秋保さんにとって、温泉とは「せつなさ」と同義語でもあるわけだ。そういえば、どの原稿もほとんど最後は「せつなさ」に行き着いてしまうような…。(笑)
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# by bunkosha-onsen | 2009-02-21 13:57 | 温・球・巡礼対談

琴引浜露天風呂

 掛津の宿から浜までは約10分。しばらく歩くと、軽快な織機の音が道に響く。丹後は丹後縮緬で有名な織物の地。右に1軒、左に2軒、「友禅」の文字が見えた。やがて白滝神社を過ぎると、松林の段丘となる。そこを浜に下りたところに、上からは見えなかったが段丘に隠れるように砂地の中に野球のホームベースの形をした露天風呂があった。
 目の前には、白砂に近いきめ細かな砂浜が広がっている。左手先端の岬には万丈山の名があり、そこから東へ全長1・8キロにわたり琴引浜が弧を描いている。露天風呂はその絶景の見晴らし湯。すばらしい立地だ。その湯景を目の当たりにした瞬間、悲鳴に近い感激の叫び声を上げてしまった。
 オープン早々とあって、他に湯客はいなかった。もうプライベートビーチのオープンバス状態。湯船では、段丘の松林にある源泉から太めの湯送管で引かれた湯が、ゴボン、ボッコンと音をたて、間欠泉のように暴れている。この日までいろんな露天風呂を巡礼してまわったが、琴引浜の露天風呂はその中でも特筆モノの1湯といえる。
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# by bunkosha-onsen | 2009-02-06 20:55 | 琴引浜露天風呂

藤七温泉

東北“湯街道”のスッピン湯たち

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 (前略)
 従来の露天風呂から裸のまま湯道をたどって入る白濁の露天は、ちょっと異様な湯景を見せている。武骨な直掘り風。湯底は濁りで見えない。入ってみると足裏にヌルっとした泥の感触、というより肌に触れる湯そのものが泥湯の感触だ。足が着地したのは格子風簀の子。これは泥対策なのだろう。
 底からはぶくぶくと湯がわき上がる。足先で泥をさらい、手にとり、これを体に塗ってみる。泥パックだ。美顔につとめる旅人は、ついで顔に塗ってみる。いけるいける。しだいに夢中になり、胸、腹、腰、太もも、そしてチンチンにも塗ってやる。これで“美チン”間違いなしだ。
 泥湯の登場で、湯宿は一段と野趣を深めていた。秘湯と言われている宿の傾向として、湯が新設されたり改装されると、秘湯の名が恥ずかしくなるほど、おしゃれな湯になる場合が多い。彩雲荘はそうした流れに逆行しているが、それがうれしい。
 最初に訪ねた際、夕食にイワナの骨酒を頼んだ。それは生臭さを消し去った風味豊かなものだった。それ以前にも、それ以後も、骨酒を飲んでいるが、富山は五箇山の宿でいただいた、囲炉裏で自然薫製されたイワナを使った骨酒に匹敵する味だった。イワナは一度、風干ししたものを使用しているということだった。八幡平の風でイワナの持ち味を封じ込めたものを炙ったところに熱酒をそそいだ骨酒。あのときの滋味は忘れることができない。
 翌朝は快晴。野面も森も朝焼けに赤く染まっていた。白濁の湯に入った旅人も茜色に染まった。
 —ああ、極楽極楽。
 標高1400メートルの藤七の冬は、駆け足でやってくる。
(後略)
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# by bunkosha-onsen | 2009-02-04 16:45 | 藤七温泉
「アッキーの秘湯奇湯名湯巡礼」(仮題)が近々出版されます。

このブログで正体はバレバレでしょうが、ちょっとヘンなおじさんが数十年かけてまわった全国の秘湯、奇湯、名湯のかずかずが本になります。
あるときは混浴のアベックに歯ぎしりし、とある温泉ではウォシュレットごっこで湯と戯れ、またある日は大病の湯治客に涙し……。
ガイド誌では伝わらない湯のぬくもりが、そこはかとなくしみてくる温泉紀行。
どうぞお楽しみに。

詳細は随時お知らせします。
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# by bunkosha-onsen | 2009-01-31 21:20 | 出版の案内